「トランスパシフィック・ボーダーランド:リマ、ロサンゼルス、メキシコシティー、サンパウロにおける日系ディアスポラのアート」展は、ラテンアメリカと南カリフォルニアのラテンアメリカ・コミュニティーの日系人アーティストを紹介する展覧会です。この展覧会はゲティ基金の支援を受け、ゲティ財団が主催するロサンゼルスとラテンアメリカおよびラテンアートの交流を促進する「パシフィックスタンダードタイム:LA/LA」(バンク・オブ・アメリカ協賛)の一環として開催されます。
世界各国に暮らす日系「ディアスポラ」(移民、植民、その子孫)はさまざまな歴史の中で生まれてきました。中でも数多くの日本人が移住したのは、移民の労働力を必要としたペルー、アメリカ、メキシコ、ブラジル各国でした。アメリカ大陸の日系ディアスポラについては、これまでアジア系アメリカ人研究やラテンアメリカ人研究において移民史的側面から研究が行われてきましたが、日系人アーティストの作品や、彼らが各国の文化が与えた影響についてはほとんど研究されることがありませんでした。この展覧会で取り上げるのは、この4つの国の日系人アーティストと彼らの作品です。それぞれの場所から現在活躍する3人ないしは4人のアーティストを選び、歴史的に重要なアーティスト1人と共に紹介します。
ペルーは、ラテンアメリカで初めて日本からの移民を受け入れた国であり、その長い移民史の中で、日系ディアスポラはペルー社会に同一化してきました。その象徴的な例は日系二世のアルベルト・フジモリ元大統領でしょう。日系ペルー人は人口も多く、その中から大勢のアーティストが生まれてきました。彼らの作品には、各世代に重要な意味を持つ出来事や問題に絡めつつ、人類や社会問題をテーマとしたものがよく見かけられます。この展覧会では、根強く伝統的なジェンダー観が残るラテンアメリカでの女性や日系人の社会的役割について問うパッツィ・ヒグチのユーモラスな作品、自らの経験と空間や社会、経済状況に対する批判的思考をもとに、公共の場に人間が介在することの影響を扱ったサンドラ・ナカムラのコンセプチュアルな作品、フジモリ元大統領の突然の辞任と職権乱用による有罪判決事件によって失墜した日系ペルー人の社会的地位をテーマとしたエドワルド・トケシの作品を展示します。
一方、メキシコの日系人アーティストの作品には、より内省的で個人的なテーマを扱ったものが多く見られます。一つの興味深い事例としては、東洋文化と西洋文化間の緊張と交流関係を表現するための間接的手法として、メキシコのアーティストたちが「信仰」というテーマが扱うことがあるということでしょう。アートを生み出す行為について、ユリコ・ロハス・モリヤマは「贈与としてのアート制作」、太田清人は「心の本質と向き合う試み」、タロウ・ソリージャは「神話的思考」であると語っています。3人は、それぞれが住む場所の特徴を反映した作品を制作することによって、自分たちが暮らすコミュニティーの中に文化的な故郷を探しているように見えます。日系メキシコ人としての自らのアイデンティティーについて非常に強いこだわりを持ち、それを直接的にではなくコンセプチュアルに表現するのも3人に共通した特徴です。
さまざまな人種・民族、文化が混在するコスモポリタン国家ブラジルでは、日系ブラジル人アーティストたちも文化的、社会的に大きな存在感を放っています。彼らは自らのアイデンティティーについて、日系であること以上に広い視野で考える傾向があります。その作品も日系の文化に限らず多様な文化を取り入れたものであり、祖先の日本の文化もその他さまざまな文化も渾然一体となったダイナミックな文化的生態系の中の一部として、自らを捉えているようです。他人の体に自画像を埋め込んだマダレナ・ハシモトの木版画は、多様性を持った自己のアンデンティティーの表出と見ることもできるでしょうし、エリカ・カミニシの石庭やパズルなどの構造模型を使ったインタラクティブな巨大インスタレーションは、アーティスト自身のアイデンティティーの模索を物理的に表しているとも言えるでしょう。また、オスカール・オオイワによる都市や郊外の緻密な巨大風景画は、混沌と秩序が同時に存在する世界そのものの表現と見ることができます。
ラティーノ人口が圧倒的多数を占めるロサンゼルスでは、世界中から集まった多様な伝統と感性が混じり合い、色彩豊かな多民族文化を生み出しています。この展覧会で紹介する入江一郎、シズ・サルダマンド、ケンジ・シオカワ、竹田信平らの作品は、多様性を持ちつつ、しかも周囲の環境や状況によって変化し、さらには同時多発的な「文化」に対する、固定的ではないやわらかな理解の仕方を提示しています。政治的メッセージを持つことも多い入江のコンセプチュアル・インスタレーションは、過剰生産された商業廃棄物を再利用して社会的道徳観を再考させるものです。サルダマンドの肖像画はロサンゼルスのサブカルチャーシーンの担い手たちの一瞬の表情を捉え、木とマクラメでできたシオカワのトーテム彫刻は日本、ブラジル、そしてカリフォルニアのアートの歴史と伝統を体現しています。そして、ロサンゼルスとドイツのデュッセルドルフで長く暮らし、現在はアメリカとの国境の町メキシコのティファナを拠点とする竹田は、マルチメディア・インスタレーション、サウンドアート、ドキュメンタリー映画、コミュニティーとの共同プロジェクトなどを通して、記憶と歴史にまつわるさまざまなテーマを見つめ直す機会を生み出します。彼の作品は、私たちに「国境」は流動的なものであり、「隔てる」ものではなく、むしろ「つなげる」ものであることを思い出させてくれるはずです。
今回、紹介するアーティストの制作方法は、伝統的なものから実験的なものまで多岐にわたります。それらの作品そのものが、ラテンアメリカ各地の日系人の経験を、直接的、比喩的、抽象的に表しているとも言えるのかもしれません。この展覧会では作品を通して、エスニックコミュニティーや異人種間の混血、さらに祖国やコスモポリタニズムといった概念が、ハイブリッドな文化の独創性や美的感覚に与えた影響を振り返ります。「トランスパシフィック・ボーダーランド」展が日系ラテンアメリカ・コンテンポラリーアートに触れるまたとない機会となり、人種や民族の持つ意味が常に変わり続ける現在において、私たち一人一人が自らのアイデンティティーについて考えるきっかけの一つとなれば幸いです。
Transpacific Borderlands: The Art of Japanese Diaspora in Lima, Los Angeles, Mexico City, and São Paulo is part of Pacific Standard Time: LA/LA, a far-reaching and ambitious exploration of Latin American and Latino art in dialogue with Los Angeles, taking place from September 2017 through January 2018 at more than 70 cultural institutions across Southern California. Pacific Standard Time is an initiative of the Getty.
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