(1923-2020)
ローソン・サカイは、第二次世界大戦中、アメリカ軍史上最も多くの勲章を授与された部隊の一つであるアメリカ陸軍の第442連隊戦闘団(RCT)として従軍しました。第442連隊戦闘団は、ほぼ全員が日系二世で構成された隔離部隊でした。
真珠湾攻撃後の1942年2月、アメリカ政府は約12万人の日系アメリカ人を西海岸から強制移住させ、強制収容する準備を始めました。これらの強制収容所は1942年から1946年にかけてて運営されました。
1942年3月、18歳のローソンとその家族は、カリフォルニア州モンテベロの家と農場を出ていかざるをえなくなりました。サカイ家は、西海岸の立ち入り禁止地区外であるコロラド州に移住しました。そのため一家は、連邦政府が運営した10カ所の強制収容所に収容されることはありませんでした。
1943年、ローソンはアメリカ陸軍に入隊しました。第442連隊の一員として、第二次世界大戦中の主要な戦闘に参加し、1944年にはフランスで「失われた大隊」の救出も行いました。イタリアやフランスでの戦いでは、4つのパープル・ハート勲章、2つのブロンズ・スター勲章、戦闘歩兵章など数多くの勲章を授与され、フランスのレジオンドヌール勲章なども受章しています。
戦後ローソンは帰国し、ミネコ・ヒラサキと結婚し、家庭を築きました。2005年には、ローソンは442連隊の日系退役軍人のレガシーを保存していくための非営利団体「二世退役軍人の友人と家族(FFNV)」を設立しました。